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No Mitochondria No Life

田村研が推進する研究の目的

 私たちが研究対象とする細胞内の発電所:ミトコンドリアは,生物が生命活動を営むために欠かすことのできない細胞内小器官(オルガネラ)です。これまでの研究によりミトコンドリアの機能低下が様々な疾患を引き起こすことがわかっています。しかしヒトの健康に深く関わるミトコンドリアが,細胞の中で作られる仕組みや,その特徴的な形態や機能を維持する仕組みについては,まだよくわかっていません。私たちはこの基本的な謎を明らかにするために,ミトコンドリアの膜の主成分である「リン脂質」に着目して研究しています。リン脂質が,いつ,どこで,どれだけ合成され,ミトコンドリアへ(もしくはミトコンドリアから)輸送されるのか?という根本的な事もまだほとんどわかっていないのです。このような基礎研究を通して,ミトコンドリアが正常に維持される分子機構を解明し,将来的にヒトの健康維持・促進に貢献したいと考えています。

ミトコンドリアはどうやって作られるのか?

 ミトコンドリアを特殊な色素や蛍光タンパク質で標識して,蛍光顕微鏡で観察してみると,とてもかわいいチューブ状の形をしていることがわかります(右図)。こんなキュートなミトコンドリアですが,かわいいだけではありません。細胞が生きるために必須のエネルギー(ATP)を生産するだけでなく,アミノ酸やリン脂質,ヘムも合成します。さらにプログラム細胞死(アポトーシス)の制御や,私たちの体温を保つための熱を生産したりと,とにかく様々な役割を果たす重要なオルガネラなのです。私たちの研究室では,細胞がミトコンドリアを作って,その品質を保ちながら維持する分子メカニズムに興味を持って研究しています。

特に,

細胞内の物質輸送の問題:ミトコンドリアを構成する成分であるミトコンドリアタンパク質や脂質が,どのように適切にミトコンドリアへと輸送分配されるのか?

オルガネラの形態と量の調節問題:オルガネラ(ミトコンドリア)の適切な量や形がどのように調節されるのか?ミトコンドリアの特徴的な内膜構造(クリステ)がどのように作られるのか?

異なるオルガネラ膜同士のコンタクトサイト形成問題異なるオルガネラ膜同士が近接する領域(胞内物質輸送やオルガネラ形態調節に重要な役割をはたすことが示唆されている)はどのように形成され,どのような特殊化された機能を持つのか?

に着目して研究を行っています。遺伝子変異や老化によってミトコンドリアの構造や機能が異常になると,神経変性疾患,癌,糖尿病など様々な病気を引き起こすことが報告されています。ミトコンドリアを作る仕組みの理解が,これらの病気を克服するための第一歩になるのです。

リン脂質はどうやって作られ,輸送されるのか?

 ミトコンドリア膜の原料であるリン脂質は,細胞の中でどのように作られるのでしょうか?

リン脂質の合成経路を示した模式図(右図)を見ていただければ分かる通り,PA:ホスファチジン酸,PS:ホスファチジルセリン,PE:ホスファチジルエタノールアミン,PC:ホスファチジルコリン, CL:カルジオリピンと言った様々なリン脂質は,小胞体膜(ER)やミトコンドリア内膜(IM)に局在する酵素によって合成されています。ここで1つ重要なポイントがあります。それは,個々のリン脂質がそれぞれ重要な役割を持つ一方で,一部のリン脂質は他のリン脂質の前駆体リン脂質(材料)でもあるということです。すなわち,PSはPEの,PAはCLの前駆体リン脂質であるため,小胞体で合成されたPSやPAは,PE, CLの合成の場であるミトコンドリア内膜に輸送されなければなりません。また,リン脂質が合成される場所は,ある細胞内区画(ERやOM)に限定されますから,PSやPA以外のリン脂質も,合成後,様々な膜へと適切に分配されなければなりません。しかし,水に溶けづらい脂質分子(油)が,どのように水溶性の区画を横切って,異なる生体膜へと輸送されるのか?と言う問題が生じます。実はこの「リン脂質が細胞内を移動するメカニズム」は最近までほとんど分かっていませんでした。

 私たちはこの生命の根幹に関わる重要な問題の解明に取り組み,カルジオリピン合成に関与する新規酵素の発見(Tamura et al. Cell Metab., 2013)や,リン脂質をミトコンドリア外膜から内膜へと輸送するタンパク質複合体の同定と機能解明に成功しています(Tamura et al., JCB, 2009; Tamura et al., EMBO J. 2010; Tamura et al., JBC, 2012; Watanabe et al. Nat. Commun., 2015; Miyata et al., J.Cell Biol. 2016)。さらに最近では,ミトコンドリアと小胞体を物理的に結合する因子ERMES複合体が,小胞体・ミトコンドリア間のリン脂質輸送を仲介することや(Kojima et al., Sci. Rep., 2016; kawano et al., JCB, 2018),ペルオキシソーム-ミトコンドリア間や脂肪滴-ミトコンドリア間でリン脂質のやり取りが行われていることなども明らかにしており(Shiino et al., FEBS J. 2020),細胞内リン脂質輸送に関して世界をリードする成果を上げ続けています。まだまだリン脂質輸送に関しては不明な点が多く残されていますので,これからの研究によって,さらに詳しい分子メカニズムを明らかにしてきたいと考えています。

オルガネラの量はどのように調節されているのか?

 

 細胞の中を観察すると,そこには人間社会と同じ秩序を持った細胞社会が形成されていることがわかります。例えばミトコンドリアは発電所,小胞体は正しい高次構造を持ったタンパク質を作り出す工場,核はDNAと言う膨大な情報を保存する図書館,リソソームや液胞は,不要になった細胞内成分を分解し再生するごみ処理再生工場だと考えられます。人間社会でも,コンビニや学校,病院などの施設の数や場所は,その地域の人口や地形などにによって適切に調節されているはずです。例えば人口1000人の地区に,コンビニが数十件,隣接して同じ場所にある,なんてことはありえませんよね?逆にものすごい人口を抱える大都市なのに,コンビニも病院も学校もありません。。なんてことになれば社会として成り立たないわけです。細胞の中も同じで,細胞内に存在するすべての物質は,適切な場所に存在し,適切な濃度になるように調節されています。ここに一つの例を示しました(右図)。この画像では,私たちがモデル生物として使用している出芽酵母のミトコンドリアを緑色で示しています。ご覧の通り,同じ出芽酵母細胞なのにミトコンドリアの量が全然違いますよね。これは片方がミトコンドリアの機能を必要としない発酵条件で培養した場合(酵母は発酵条件を好みます),もう片方はミトコンドリアの機能が必須になる非発酵条件(呼吸条件)で培養した細胞です。このように出芽酵母のような単純な単細胞生物においても,細胞外の栄養条件などによりオルガネラの量をダイナミックに変化させて,環境に適応しながら生きているのです。細胞がどのような分子機構によって,オルガネラの量や数,場所を制御するのか?このような根本的な問題もほとんど明らかになっていません。私たちはこのようなオルガネラ量の調節メカニズムの解明にも取り組んでいます。正常な機能を持ったミトコンドリアを増やす薬を開発できれば,ミトコンドリアの機能低下によって引き起こされる病気を治すことが可能になるかもしれません。

オルガネラ同士は結合しているのか?

結合するのであればどのように?

オルガネラ結合の生理的意義は?

 

 これまでの生物学では,オルガネラはそれぞれ固有の酵素群を隔離して,独立に存在し,その特徴的な機能を発揮すると記述されてきました。しかし最近の研究によって,実は異なるオルガネラ同士が互いに直接相互作用して,物質や情報をやり取りすることが,オルガネラの機能維持に重要であることが多数報告されています(右図)。ただしオルガネラ間結合因子やオルガネラ間相互作用の意義に関する研究はまだ始まったばかりで,わからないことばかりです。

  1. どのオルガネラと,どのオルガネラが直接相互作用するのか?

  2. オルガネラ同士が相互作用するなら,その結合因子は何であるか?

  3. オルガネラコンタクトサイトの数や度合いはどのように制御されているか?

  4. オルガネラコンタクト因子の生理的機能は何なのか?

このような基本的な疑問はほとんど解決されていません。


 私たちはミトコンドリアと小胞体間の結合因子の一つであるERMES複合体(右図)の機能解析を精力的に進めています。ERMES複合体は,その構成因子にGFPを付けて観察すると,ミトコンドリアに上にドット状のパターンとして検出されます(右図)。私たちの複数の研究によってERMES複合体が小胞体・ミトコンドリア間のリン脂質輸送を直接仲介する因子であることがわかってきました(Tamura et al., JBC, 2012; Kojima et al., Sci. Rep., 2016; kawano et al., J. Cell Biol., 2018)。オルガネラコンタクト領域で脂質輸送が行われていると言う概念自体が非常に新しく,2018年当時にか前に学会等で発表しても,「そんな風に脂質が輸送されているわけない」と言われたこともあります!ただこれは逆に言うと,私たちの発見したコンセプトが新しすぎて,時代を先取りし過ぎてしまったということかもしれません。最近では同様の報告が様々なグループから相次いでいます。疎水的な脂質分子輸送するためには,極力水を排除した特殊なゾーンを利用するほうが効率が良いのかもしれません。最近では,このERMES複合体がERストレスに応じてダイナミックにその会合状態を変化させる(複合体が解離すると考えられる)ことで,ERとミトコンドリア間のリン脂質輸送を調節し,ERストレスに対処することも見出しています(Kakimoto et al., iScience, 2022)。細胞ストレス時には様々なオルガネラの構造や機能をチューニングすることで,細胞はストレス軽減に努めていると予想されます。今後,様々な細胞ストレス条件下でオルガネラ間コンタクトの変化を解析することで,オルガネラ間コンタクトを介した新しいストレス応答機構の解明が期待されます。このような研究を推進するためには,オルガネラ間コンタクトサイトを可視化したり,そこに局在するタンパク質を明らかにする必要があります。私たちはSplit-GFPを用いて任意のオルガネラ間コンタクトサイトを可視化する実験系や,オルガネラ間コンタクトサイトに局在するタンパク質を網羅的に同定する研究手法を開発しました(Kakimoto et al., Sci. Rep. 2018; Tashiro et al. Front. Cell Dev. Biol. 2020; Fujimoto et al. Contact, 2023)。今後これらの独自の実験系を用いて,細胞生物学の常識を打ち破るような研究成果を出したいと考えています。

一緒に研究してくれる仲間を募集しています!

 

 私たちの研究内容に興味を持ってくれた人,実際に自分の手で新しい発見をしたい人,生物が好きな人,科学が好きな人,是非山形大学の田村研究室で一緒に研究しませんか?研究室には充実した実験設備が整っており,思う存分研究することが出来ます。ご興味のある学生さん,ポスドク先を探している方は,田村またはその周辺へご連絡ください。

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